鈴木壯兵衞

すずきそうべえ

そうべえ国際特許事務所

[ 弘前市 ]

職種

お知らせ

2017年8月3日に中国青島国際博覧センターで講演

イメージ

2017年8月3日に中国青島国際博覧センターで開催される2017中日エンジニア技術大会で
青島国際専利運営連盟専利技術主席顧問の鈴木壯兵衞所長が「山東省のグローバルイノベーションによる一帯一路の実現のために」という題目で講演することになりました。

講演内容の骨子は以下のようです:

 中国は2011年に世界トップの出願数を誇るようになり、2014年に92.8万件、2015年に110.2万件、2016年に133.9万件と出願数を増大しつつあります。しかし、Clarivate AnalyticsのTop 100 Global Innovatorsのランキングによれば、中国は華為の1社のみが2014年及び2016年に選出されただけであり、グローバル性に問題があります。

 IFI Claims Patent Servicesによる米国での2016年の特許取得数のランキング(Headquarter Countries of top 50 USPTO Patent Assignees)では、世界トップの出願数を誇る中国が第6位に甘んじており、特許出願の品質に懸念が生じています。

 2015年における日本から中国特許庁への特許出願件数は約4万件ですが、中国からの日本特許庁への特許出願数は2840件しかありません。中国から日本への特許出願は、日本から中国への特許出願の7%の技術収支倍率しかないということです。

 2016年の日本における特許公開公報のデータを検索しますと、山東省は中国全土の行政区(省、自治区、直轄市)の中で第7位であり、山東省から日本へ93件しか出願がなく、これは、中国から日本への出願件数の全体のうちの僅か4%に過ぎません。

 中国は16世紀まで世界の科学技術の中心でした。フランシス・ベーコンは、世界の3大発明として火薬、羅針盤、印刷技術を取り上げておりますが、3大発明のすべてが中国の発明です。アルキメデスのネジ以外のすべての重要な発明は中国から生まれていると言われています。

 イギリスの生化学者・科学史家Needhamは「何故進歩する文明がある一方で、むしろ後退する文明が存在するのか」という謎を提言しておりますが、17世紀以降の中国の発明にはあまり顕著なものが見られないようです。中国でも2015年には中国中医科学院・主任教授のトゥ ヨウヨウ氏がノーベル生理学・医学賞を受賞しましたが、日本の科学技術系のノーベル賞受賞者は2016年で23名です。

 日本が明治時代における欧米諸国との不平等条約の改正の交換条件に特許法の改正を利用したのに対し、1930年代に『中國新工業發展史大綱』を出版したJun Gongは、「中国が不平等条約を廃棄できず、近代化に失敗した」と述べています。日本は1883年以降において外国人の特許出願を認めないようにして、1899年になって、不平等条約の改正の交換条件として外国人の特許出願を認め、パリ条約に加盟したのです。
 
 清時代の1898年に制定された中国最初の特許法による権利は中国人にではなく、外国人に付与されています。日本政府は1885年の特許法制定後、14年を経た後に初めて外国人による特許出願を認めたのであります。確かに、その後は主要な特許は外国人に取得される傾向にありましたが、日本から基本特許が出願されていなかったわけではありません。
 
 例えば、東北大學の八木秀次先生は1925年に八木アンテナを発明し、1926年にパリ条約の優先権を主張して米国に特許出願しています。この米国特許(USP1745342)に対し、マルコーニ社やRCA社がライセンス契約をしています。この八木アンテナは太平洋戦争の命運を分けたレーダ技術に採用されたものであります。

 1936年に八木教授が米国に投稿した航空機からの電波の反射についての論文は欧米で大反響を呼び、連合軍がMITのリンカーン研究所でレーダ技術の研究に総力を挙げることになったのであります。

 八木教授の系譜である我が師西澤潤一先生は、これまで1964年、2009年、2014年の三回受賞し損ねております。1964年のノーベル物理学賞を受賞したタウンズのレーザの特許出願は1958年7月ですが、西澤先生の日本国特許庁への半導体レーザの特許出願は1957年4月です。残念なことに西澤先生は米国への特許出願をしておらず、この特許はグローバル性がありませんでした。

 しかし、西澤先生の半導体レーザの特許が知られることになったのは1970年代に入ってからであります。その結果、現在米国では西澤先生はエジソンやベルと同格に扱われております。

 チャールズ・クエン・カオ博士は光ファイバの発明で2009年ノーベル物理学賞受賞を受賞しました上海生まれの中国系アメリカ人の物理学者です。そのカオ博士は西澤先生に対し、「あなたは光源であるレーザ、伝送路である光ファイバ、受信機であるpinフォトダイオードという光通信の3大要素のすべてを発明しているが、なぜ日本人はあなたを光通信の母と呼ばないのか」と直接聞いたそうです。

 1950年発明のpinダイオードは日本の新幹線や直流送電システムに用いられている半導体産業のキーデバイスです。米国GE社より僅か18日早く西澤先生が特許出願を完了していたため、日本の半導体産業の黎明期において、日本企業は米国に数兆円に及ぶ特許実施料を支払わなくて済むことになりました。日本政府は、日本の半導体企業と米国企業との特許契約を認めませんでした。半導体レーザの特許はIBMの半導体レーザの日本への上陸を阻止しました。

 1980年代において日本の特許出願件数は世界最大でした。1980年代に米国で開催された半導体の国際学会の発表者の8割は西澤教授門下生が占めたこともありました。日本の技術攻勢に驚いた米国レーガン大統領が採用したのが米国のプロパテント政策です。

 このプロパテント政策を推進したのが、1985年に提出されたヤングレポートです。ヤングレポートは米国Hewlett-Packardの社長が委員長をしていた「産業競争力委員会」が提出したものです。日本の企業よりも先に西澤先生のpin型バイポーラトランジスタの特許のライセンス契約に応じたのがHewlett-Packardです。
 
 私が山東省に期待しているのは山東省独自の独創的な研究を基幹とするグローバルイノベーションによる一帯一路政策への貢献です。

 西澤先生の研究方針は独創研究をしなさいということでした。そのため、わざと首都東京よりも遠い東北地方の田舎に研究所を設置し、余分な技術情報が入らないようにしました。情報をたくさん得れば独創的な研究ができるのではなく、反って障害になるということです。2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授も、「知識が有りすぎるとリスクに気がついて何もできなくなる」と言われています。

 2012年までに29人のノーベル賞受賞者を排出しているキャベンディッシュ研究所のW.L.ブラッグは、1937年のキャベンディッシュ研究所所長就任挨拶において、「ブラッグの3原則」を述べております。その3番目は、「理論家の結論したことを信じるな(Don’t be afraid of the scorn of theoreticians)」であります。

 グローバルイノベーションには、理論家の提示する技術情報に惑わされることなく、自分の頭で考えた独創的な研究が必要になります。中国が、単に先進諸国から技術導入しているだけでは、一帯一路構想は発展出来ません。 日本と中国が、一帯一路構想によって相互に発展するためには、日本と中国との技術収支倍率が1になることが必要と考えます。                                 

この記事のURL

鈴木壯兵衞が中国(青島)国際特許運営連盟の主席顧問に就任

イメージ

中国習近平国家主席が山東省青島を中国の知財戦略の重要拠点として指名しましたが、 そうべえ国際特許事務所所長鈴木壯兵衞が、2015年12月19日付けで、3年間の期限で、中国(青島)国際特許運営連盟の特許技術主席顧問に就任しました。

http://www.sipo.gov.cn/dtxx/gn/2015/201512/t20151223_1220670.html

2015年12月17日付け青島日報の1面には「青島、知的財産権先進都市に名乗り『知財戦略の高度実施に係る行動計画』発表」と題して、以下のように知財戦略の行動計画を発表しています。

「第13次五カ年計画」知的財産権の向上目標
  ・人口1万人当たり有効特許保有数20件
  ・国際特許出願累計1500件
  ・有効登録商標保有数12万件
  ・版権登記数3万件
  ・育種・導入された植物の新品種50個
  ・サービス提供機関総数200
  ・知的財産権の管理従事者2万人
  ・専門的サービス従事者5000人
  ・知的財産権幹部人材50人

 青島市は昨日、「青島市知的財産権戦略の高度実施に係る行動計画(2015-2020年)」について記者会見を開き、「知的財産権先進都市の構築」を目指し、知財優位企業の育成、知財密集型産業の発展に重点をおき、知財運営と保護を強く推し進め、知財の良好な法治環境、市場環境、文化環境を積極的に整え、イノベーション主導型の発展を実現するため、有力なサポートを提供すると発表した。

 「行動計画」が描く構想は次のとおり。同市では「第13次五カ年計画」期間、知的財産権の創出を大きく増やし、人口1万人当たりの有効特許保有数20件、国際特許出願が累計で1500件、有効登録商標保有数12万件、版権登記数3万件、育種・導入する植物の新品種50種を達成する。

 知財運営の成果を大きく向上させ、投融資額は「第12次五カ年計画」ベースで倍増を実現する。知的財産権の保護を明らかに改善し、外国企業による同市における投資や研究開発機関の設立を一層積極化させ、社会満足度80%以上を達成する。知的財産権の管理機能を全面的に向上させ、「企業の知的財産権管理規範」を通じて、国家規格の認証を受けた企業・事業単位を100社に、知財管理機関を構築した一定規模を上回る工業企業を500社にする。

 知的財産権のサービス体系をさらに拡充させ、サービス提供機関の総数を200に、大手サービス提供機関が10を超えるようにする。知的財産権の人材面を充実させ、企業・事業単位の知財管理従事者が2万人、知財の代理、運営、企画、情報等の業務が専門の従事者が5000人、知財幹部人材が50人になるようにする。

 すでに決定している主要目標を軸に、「行動計画」は6つの大きなプロジェクトと、22の小さなプロジェクトによる具体的な任務を掲げており、知財をサポートしリードする役割の発揮、知財の創出と運営の強化、知財保護の推進、知財管理面の整備等を行うとしている。(青島日報/青報網記者:王娉)

この記事のURL

2015年05月25日に「平成27年度 第1回MOT研修」で講師を務めました

(公財)21あおもり産業総合支援センター主催で開催された「平成27年度 第1回MOT研修」で講師を務め
『知財戦略を考えた研究のやりかた』について話ました

日時2015年05月25日(月)
    14:30~17:00
主催(公財)21あおもり産業総合支援センター
共催弘前大学、青森県産業技術センター、青森県(予定)
会場弘前大学 (青森県弘前市文京町1)
講師 鈴木壯兵衞

今回の研修では、研究を始めるときの意識付けとして、特許(Patent)、技術ノウハウ(Production know-how)、論文(Paper)の3つの知(3P)の関係をどのように構築し、それを時系列でどのように計画立てて、事業収益を最大化するように展開すべきかという話をしました。

また特許出願の際には、国内優先権主張出願や特許法第29条の2による情報の非対称性を利用し、出願した特許を十二分に活かす動的な出願戦略について説明し、一連の特許群として、特許をダイナミックに成長させるやり方があることを話ました。

そのためにも単に研究した事だけで無く、応用分野まで捉える広い視野を俯瞰した水平展開と動的な知財戦略が必要であることを説明しました。

この記事のURL

2015年4月2日(木) FMアップルウェーブ「津軽いじん館」への出演しました。

鈴木壯兵衞が、FMアップルウェーブのインタビュー形式の30分間のトーク番組「津軽いじん館」へ出演しました。「ひろさき」にしかない新しい地域情報メディアを目指した「コミュニティFM放送」事業の一つとして、
様々な意味での「いじん」となる津軽の人物にスポットを当てたトーク番組でした。

放送は、4月2日(木)の16:00からの30分間で再放送が19:00からの30分間でした。

収録の直前にパーソナリティーの倉田和恵様がマイクに向かって突然「とうきょうととっきょきょかきょく」と発音され、「東京都特許許可局」は無いですね、といわれたので「特許局」は存在しましたとお答えしました。

特許庁の前身が「専売特許所」で、その1年後の明治19年に「専売特許局」になっています。更に明治20年には「特許局」になっていますので「特許局」は存在しました。明治21年1月には農商務省令として「特許局分掌規程」が発せられています。現在の「特許庁」に名称変更されたのは昭和24年です。

また、確かに、「東京都特許許可局」とは、早口言葉の一つであって、現実には存在しないとされています。読売新聞(東京版1997年5月12日)によれば、1934年にNHKの全国一律アナウンサー採用試験に出題するために、「東京特許許可局」の早口言葉が考案されたということです。

しかし、明治初期の「専売特許手続」の第1条には、特許出願は直接当時の農商務省の専売特許所に差し出すのではなく、すべて地方庁を経て出すようにと規定されていました。このため、実体としては、「東京都特許許可局」に対応する幻の地方局が東京都内に存在し、「青森県特許許可局」が青森県に存在したと言えるでしょう。

「東京特許許可局」については、コラムの「第13回 ピケティの『21世紀の資本』と特許制度の役割」の§5をご参照願います
http://mbp-aomori.com/soh-vehe/column/804/

この記事のURL

2013年8月26日(月)に青森放送ラジオの「ラジオでマイベストプロ」に出演しました

 2013年8月26日(月)に「ラジオでマイベストプロ」という番組で、そうべえ国際特許事務所を
を県民の方々に知っていただくために、紹介させていただきました。

 5分間程度の短い時間でしたが、概略、以下のような話をさせていただきました。

 アベノミクスの3本の矢の一つに「成長戦略」があります。この成長戦略の根幹をなすものが技術でありますが、良いアイデアや創意工夫はまねされます。特に、中小企業は他社の模倣を抑止するために特許による権利保護が重要であることを説明しました。

 又、青森県は特許出願数が全国最下位であること、そして、青森県は特許出願数に比して特許侵害の相談件数の比率が東京に比べて圧倒的に多いことを話しました。

 自社は特許に関係ないと思っていても、特許侵害で突然訴えられるたり警告書をもらったりするケースがあるので、特許に対して常に関心を持っていることが必要であることを説明しました。

 又、特許は特別なものではなく、誰でも自分で特許庁に手続きできます。そのための注意事項を、「特許出願チャレンジ講座」で説明しているので、是非参加して欲しいことを伝えました。
 「特許出願チャレンジ講座」への参加はいつでも可能なので、017-762-7351の青森県発明協会に申し込んでくださいという話をしました。

この記事のURL
最近投稿されたコラムを読む
お知らせ
イメージ

2017年8月3日に中国青島国際博覧センターで開催される2017中日エンジニア技術大会で青島国際専利運営連盟専利技術主席顧問の鈴木壯兵衞所長が「山東省のグローバルイ...

料金案内

1.電話相談やeメール相談は無料です。面談(フェイス・トゥ・フェイスのご相談)につきましては、1時間以内は無料です。2回目以降、何度でも、1時間以内であれば無料で...

 
このプロの紹介記事
鈴木壯兵衞 すずきそうべえ

技術者を愛する弁理士として地場産業の発展と人材育成に力を尽くす!(1/3)

 「青森の人は、特許を取ると独占権が与えられ、農林水産業に従事する人が困ると思っている。でもそれは間違った考え。特許は苦労して生み出した新しい技術を、必要な人に活用してもらうのが目的であり、これは、大企業など特定の人に独占させないための権利...

鈴木壯兵衞プロに相談してみよう!

青森放送 マイベストプロ

研究者としての経験を生かし、発明の創出方法と特許出願方法を

事務所名 : そうべえ国際特許事務所
住所 : 青森県弘前市富士見町26-2 [地図]
TEL : 0172-55-5397

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

0172-55-5397

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

鈴木壯兵衞(すずきそうべえ)

そうべえ国際特許事務所

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる
プロのおすすめコラム
第40回 PBP型の請求項しか書けないのであれば、ノウハウとして秘匿すべき
イメージ

「物の発明」をその製造方法で記述してその「物」を特定することは可能であろうか。特許は、特許請求の範囲に...

[ 知財マネジメント ]

第39回 ノウハウ文書を記載するための仕事言葉

 このコラムの第38回で「ノウハウ文書」にタイムスタンプを押すサービスを紹介した。ノウハウ文書という私書証書...

[ 知財マネジメント ]

第38回 特許庁とINPITが「タイムスタンプ」を保管するサービスを開始
イメージ

2017年3月27日から、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が、知的財産に関連する電子文書に対して時刻証明...

[ 知財マネジメント ]

第37回 日本では他人の著名な商標を先取り出願しても登録されないが、……
イメージ

U氏が商標の先取り出願をしたことにより、ピコ太郎は「PPAP」が使えなくなるのかということが話題になっているが、...

[ 商標出願の仕方 ]

第36回 卓球もイノベーションで進歩しています
イメージ

ピンポン(PING-PONG)は、1900年に英国で商標登録されていた(英国商標登録第233.177号)。ピンポン(卓球)の進...

[ 発明の仕方 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ