鈴木壯兵衞

すずきそうべえ

そうべえ国際特許事務所

[ 弘前市 ]

職種

コラム

 公開日: 2015-09-09  最終更新日: 2015-09-28

第17回 無限の猿と創造活動(発明とパクリの違いは何か)

距離を隔てた2箇所で同時に発生したワークプロダクトが近似する確率は少なくない。近似した複数のワークプロダクトの間の微差に偉大なる独創性がある

§1 創造的活動のワークプロダクトはどんな法律で保護できるか?

平成14年に制定された知的財産基本法の第2条第1項には『この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう』と規定されている。

図1に示すように、創造的活動のワークプロダクトの一つであるブランド名やロゴのうち事業活動に用いられる商品又は役務を表示するものは商標法で保護される。

【図1】

図1に示した創造的活動のワークプロダクトの他の一つであるデザインは、意匠法、著作権法、不正競争防止法で保護される。意匠法第2条第1項には『この法律で「意匠」とは、物品(物品の部分を含む。第8条を除き、以下同じ。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう』と規定されている。

意匠法2条1項に規定されている「物品」とは「有体動産」のことである。組立家屋は構成部品が工業生産され運搬可能なことから、意匠法の「物品」の対象と解されている。「不動産」である「建物(建築)」のデザインは、意匠法の保護の対象ではない。

このため、「建築のデザイン」を特許庁に意匠登録出願しても、特許庁は、意匠法の保護の対象ではないとして、意匠権を認めない。例えば、ザハ・ハディッド(Zaha Hadid)氏が提案した新国立競技場のデザインは意匠法の意匠にはならない。なお、立体商標となる物品のデザインは商標法で保護することが可能である。

図1の最後に示したアイデア(技術的思想)は、特許法や実用新案法で保護される。なお、実用新案法の「物品」には、不動産,プラント,複雑な機械類,例えば道路の立体交差,円形校舎等も物品に該当すると解され、意匠法の「物品」とは異なる。

§2 アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ

「イノベーション」というとヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)が引用されるが、シュンペーターは、1912年の著書『経済発展の理論』.で「イノベーション」や「発見(Erfindung)」という言葉を使っていない。

シュンペーターは、『生産をするといことは、われわれの利用しうるいろいろな物や力を結合することである。生産物および生産方法の変更とはこれらの物や力の結合を変更することである。旧結合から漸次に小さな歩みを通じて連続的な適応によって、新結合に到達することができる限りにおいて、……(以下中略)』と述べ、使用価値の増大は、商品の生産コストの削減によってだけでなく、生産要素を全く新たな組み合わせで結合(neue bindung)する技術革新によってもたらされることを述べているに過ぎない(J.A.シュンペーター著、塩野谷祐一他訳、『経済発展の理論(上)』. 岩波文庫、p.50,182-183等、1977年)。

シュンペーターの「新結合(neue bindung)」の概念に関しては、ウィリアム・フィールディング オグバーン(William Fielding Ogburn)やオグバーンの師匠であるジャン=ガブリエル・ド・タルド(Jean‐Gabriel de Tarde) も同様であったとされ、「新結合」の概念はタルドまで遡る必要があると思われる(Ogburn," Social Change, with Respect to Culture and Original Nature", B.W. Huebsch, Inc. (1922))。

又、デイビッド・マギー(David McGee)によれば、米国においてはロバート・サーストン(Robert Thurston) が、「発明とは既にあるものの結合である」という考え方を1889 年に主張していたということである(D.McGee, “Making up Mind: The Early Sociology of Invention” in "Technology and Culture", Vol.36,No.4, pp.773-801, The Johns Hopkins University Press, (1995))。

ジェームス・W・ヤング(James Webb Young)は、『アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない』と指摘している (ジェームス・W・ヤング著、今井茂雄訳、『アイデアのつくり方』、TBSブリタニカ、p28、)。

ヤングは新しい組み合わせを作り出す心の技術として、図2に示すような5つの段階を示している(前述の『アイデアのつくり方』、p32-55参照。)。

【図2】

同様に、スティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs)は、『創造とは要素を結びつけることだ』と述べている。ジョブズは、『創造的な人は、どうやってそれをやったのかと聞かれると、ちょっとうしろめたい気持ちになる。実は何をやったわけでもなく、ただ何かに目を留めただけなのだ…………彼らのさまざまな経験を結びつけて、新しいものを合成することができたのだ (That's because they were able to connect experiences they've had and synthesize new things. )』と述べている(G.Wolf, “Steve Jobs: The Next Insanely Great Thing,” Wired,
http://www.wired.com/wired/archive/4.02/jobs_pr.html)

§3 グーテンベルクの印刷機は組み合わせイノベーション

「組み合わせイノベーション」の典型として1439~1450年頃とされるヨハネス・ゲンズフライシュ・ツール・ラーデン・ツム・グーテンベルク(Johannes Gensfleisch zur Laden zum Gutenberg)の印刷機の発明がある。

【図3】

図3に模式的に示した印刷機の4つの要素の一つである「ブドウのねじ式圧搾機」は、紀元23~79年頃(ローマ時代)のガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus)が著したとされる『博物誌(Naturalis Historie)』に記載がある。2011年には、アルメニアで、6000年前のワイン圧搾機が発掘されている。

図3に模式的に示したグーテンベルクの印刷機の4つの要素の他の一つである「活字」は、中国の北宋の畢昇(ひっしょう)が、1041年 - 1048年頃に活字を木枠に入れて並べた組版によって活版印刷を行ったとされている(沈括『夢渓筆談』巻十八技芸)。

図3に示した更に他の要素となる「紙」の発明も紀元前であり、前漢時代の紀元前150年頃のものが1986年に中国甘粛省から出土している。畢昇の活版印刷にも紙が使われていたはずである。

図3に示した更に他の要素となる「インク」は中国で4500年~5000年前に発明されたとされている。グーテンベルクは、ランプからとった煤を原料にインクを造ったとされるが、インクの原料に煤、油煙、松煙、膠、じゃ香等を用いる手法はグーテンベルクの印刷機の発明以前に知られていた。11世紀の畢昇の活版印刷では松煙灰を使った墨がインクとして用いられていたようである。

§4 「発明」とは蓋然の先見

数学者の ジュール=アンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincare)は、『発見するということは、まさに無用な組み合わせをつくらないで、有用な組み合わせをつくることに存する。かかる有用な組み合わせはその数はきわめて少ない。発見とは識別であり選択である』と述べている(ポアンカレ著、吉田洋一訳『科学と方法』、岩波文庫、p55)。

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel)は、『偶然性は前提されているものである』と述べているが(ヘーゲル著、松村一人訳、『小論理学下巻』、岩波書店。p92)、我が師西澤潤一先生はNEC佐々木会長から紹介されたとしてヘーゲルの「創造とは蓋然の先見である」を良く引用されていた。

アメリカの社会学者ロバート・キング・マートン(Robert King Merton)は、「創造とは蓋然の先見である」を、「『創造性』とは、必然的に起ころうとしている発見を誰よりも早くつかみ取る『効率の良さ』のことと考えられる」と言い換えている(Robert K. Merton,"The Role of Genius in Scientific Advance", New Scientist, Vol.259, p306-308, (1961))

§5 創造活動におけるワークプロダクトの近似や一致はかなり高い確率で発生する

既にこのコラムの第10回(「発明は天才のひらめきによるものではない」)の§3でBBC制作の「2002ノーベル賞 受賞者討論会」での小柴昌俊東大名誉教授の「アインシュタインとモーツァルトのどちらが天才か?」という問いかけを紹介した。

この受賞者討論会ではアーサー・スタンレー・エディントン(Arthur Stanley Eddington)の無限の猿定理(infinite monkey theorem )に関する質問があった。「無限の猿定理」は、猿が確率論的には大英博物館の蔵書全てを打ち出す可能性があるというものである(Sir Arthur Stanley Eddington "Science and the Unseen World". New York: Macmillan, (1929))。

エディントンはその著『物理学の哲学』で『人間の頭の形式が荒削りの一塊の大理石の中に存するという空想的理論を述べる或る芸術家を考えよう。…(中略)…。芸術家の手続は何等か本質的に物理学者の手続と異なるものであろうか。…(中略)…。恰も彫刻家が荒削りの一塊の大理石を一個の半身像と一群の破片に分離せしめる如くに、物理学者は…』と記載して、発明は物理学者の才によるものではなく、もともと大理石の中に最初からあったものを掘り出しているに過ぎないという「独創とは蓋然の先見」を説明している(エディントン、『物理学の哲学』創元社、p156-157原書は1939年刊)。

しかし、この『物理学の哲学』の記載は、夏目漱石の『夢十夜』の第六夜の記載に酷似している。

夏目漱石は、『運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから……(中略)…。するとさっきの若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。』と記載し運慶の技術が高いのではなく、運慶が木の中に埋まっている仁王像を掘り出しているに過ぎないとしている。

夏目漱石の『夢十夜』は、発明はもともと木の中に最初からあったものを発見したにすぎないことを説明している。大理石と木の違いはあるものの、「創造とは蓋然の先見」であることの説明に関しては、エディントンと夏目漱石の説明は酷似した内容となっている。

『夢十夜』は、1908年(明治41年)7月25日から8月5日まで『朝日新聞』で連載されていたのであるが、1882年に英国イングランドで生まれたエディントンが、夏目漱石の『夢十夜』を読んでいたのであろうか。エディントンは1944年に没しているが、上述したエディントンの『物理学の哲学』の原書は、『夢十夜』が日本で連載された後の1939年に出版されている。

東京大学名誉教授の村上陽一郎先生は、『ニホンザルの集団のなかの1匹が、芋を海水で洗って食べる習慣を開始すると、殆どそれと同じくして距離を隔てて、通常の考え方に従えば、如何なる形でも伝達が不可能と思われる集団の中でも、同じ習慣が始まる』と述べている(村上陽一郎著『技術とは何か―科学と人間の視点から』、日本放送出版協会〈NHKブックス〉、 p96、1985年)。

§2で紹介した科学史研究者のオグバーンとD.S.トーマス(Dorothy Swaine Thomas)の研究によれば、1420~1901年の間で、距離を隔てた2箇所で同時に独立に提案された発明や科学的発見が、世界中で148件あるということである(W.F.Ogburn and D.S.Thomas,"Are Inventions Inevitable?",Political Science Quarterly, Vol.37, No.1, (1922) pp. 83-98)。 「無限の猿定理」における確率よりもかなり高い確率で創造活動における独自のワークプロダクトの一致が発生していると思われる。

例えば、§2で述べたグーテンベルグがマインツで活字の鋳造を試みていたとき、ヴェニス、バンベルグ、ハールレム、アヴィニヨン等でも他の人が同じことをしていたと言われている。本当はグーテンベルグより400年も前の北宋の工人畢昇の名を挙げる必要があろう。

又、既に第1回(何が特許になるのか)のコラムの§2で紹介した関孝和の『概括算法』(1712年に刊行)とフランスのヤコブ・ベルヌーイが1713年に発表したベルヌーイ数とは同じものである。
   
更に、同じ年である1749年に米国のベンジャミン・フランクリンとチェコのプロコプ・ディヴィシュによって、避雷針が独立して発明されたとも言われている。

米国特許法ができた1790年に、ジョン・フィッチ、ジェームス・ラムゼイ、ネータン・リード、ジョン・スティーヴンス及びアイザック・ビッグスの5人が競合する蒸気船に関する発明を同時に出願するという混乱が、米国の特許制度を長い間、先発明主義に導いていた理由と言われている。

§6 近似したワークプロダクトの間の微差にこそ注意を向けるべきである

ポアンカレが述べるように、発見とは識別であり選択である。既存の要素の新しい組み合わせである同じような創造活動が、異なる場所でほぼ同時になされたとしても、『夢十夜』の木の中に最初から埋め込まれていた仁王像のように、その創造活動がもともと既に存在していたものを発見しているのであれば、不思議ではないであろう。

『夢十夜』の第六夜の後段には、「自分は…見物をやめてさっそく家へ帰った。……自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも……。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋まっていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。」とあるが、「蓋然の先見」ということであれば、自然の中には仁王像としてのワークプロダクトが埋まっている木は複数あると思われる。

ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)は、1623年に出版した『偽金鑑識官(黄金計量者)』の中で、『神の言葉は、聖書の中に展開されているのと全く等しく、自然の中にも展開されているのです。神は自らの姿を聖書の中に現わし給うのと同様に、自然の中にも現わし給うのです。真理は、眼のまえにたえず開かれているこの最も巨大な書(すなわち、宇宙)のなかに、書かれているのです。』と述べている。

ガリレオは、続けて、『しかし、まずその言語を理解し、そこに書かれている文字を解読することを学ばないかぎり、理解できません。その書は数学の言葉で書かれており、その文字は三角形、円その他の幾何学図形であって、これらの手段がなければ、人間の力では、その言葉を理解できないのです。それなしには、暗い迷宮を虚しくさまようだけなのです』と述べている。

図4の①~④に示すような四角形や円その他の幾何学図形を組み合わせたデザインが、偶然に、ベルギーのデザイナー、オリビエ・ドビ(Olivier Debie)氏のデザインと類似のレイアウト構成になったとしても、「無限の猿定理」からは不思議では無いはずである。デザインが類似することと、「パクリ」とは区別して考えなくてはならない。

【図4】

オグバーンとトーマスの研究が示すとおり独自のワークプロダクトが近似する確率は少なくない。著作権の場合は、仮に2つのワークプロダクトが同一のデザインとなる場合であっても、互いに独立した思想又は感情を創作的に表現したものであれば、それぞれに著作権が認められ、同一のデザインのワークプロダクトが共存可能である。

「シェイクスピアが生まれるより前に猿が作業していたら、いったいどうなるのか (Jorge J. E. Gracia,"Texts: Ontological Status, Identity, Author, Audience", State University of New York Press, p. 12, (1996))」という議論があるが、法が猿に著作権を認め、シェイクスピアがこの猿の作品を真似したのではないならば、著作権は猿とシェイクスピアとの両方に認められることとなる。

§7 特許法や商標法は複数の同一ワークプロダクトの間の利益を調整

一方、特許権の場合は、互いに独立した思想又は感情を創作的に表現したものであっても、同一のワークプロダクトであると判断されれば、早く特許庁に出願したワークプロダクトのみが保護され、他方のワークプロダクトは保護されない。特許法は互いに抵触する同一のワークプロダクトの間の利益を調整する法律である。

商標の場合は商品や役務が異なれば同一の標章(ロゴ)が異なる権利者にそれぞれ登録される可能性がある。しかし、2020年東京オリンピックの「旧エンブレム」(2015年9月1日に使用中止が決定)の場合は、すべての商品及び役務に使われるので、既に登録されている商標と同一又は類似の標章(ロゴ)は登録できない。

登録方式(方式主義)を採用している商標権や特許権は、客観的内容を同じくするものに対する絶対的な支配権(絶対的独占権)である。一方登録が不要な無方式主義を採用している著作権は、他人が独自に創作したものには及ばないとする相対的な支配権(相対的独占権)である。

ドビ氏のロゴが既に商標登録されていた場合には、佐野研二郎氏がパクっていなかったとしても、ドビ氏の後に出願した東京オリンピックの「旧エンブレム」がドビ氏のロゴに類似していると判断された場合は、白紙撤回された「旧エンブレム」は商標登録されないこととなる。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020)は、「物真似をしてはいけない権利」である著作権の問題よりも「知らなかったでは済まされない権利」である商標権の問題の方に、より比重をおいて留意していたと思われる。

類似しているか否かの判断の基本は人間の主観がベースになる。しかし、一定の客観性を担保するためには、標章(ロゴ)の同一又は類似の判断は、一定の基準と判断方法(観察方法)に基づいて専門家が一定のルールで行う必要がある。

例えば、商標の類比判断における商標の観察方法は、比較する商標を時と場所を違えて観察する離隔的観察が原則とされている(小野昌延編、『注解商標法』、青林書院、p199、1994年)

§8 現実には、ワークプロダクトの完全同一は非常に希

現実には、互いに近似しても、2つのワークプロダクトが完全に同一であるということはなく、必ず微差がある。例えば図4の①~③の3つの幾何学的図形を図5の3×3=9箇所のマス(升)に配列する組み合わせを考えてみる。

【図5】

所与のパターンとして図4に示した①~③の幾何学的図形が選択され、①~③の幾何学的図形がそれぞれ90°の回転だけ許されるという、おおざっぱな仮定をしてみる。この仮定では図4の①と③の幾何学的図形は、各マス目に対してそれぞれ4通りの配向が選択できるので、それぞれ4×9=36通りの配列パターンがある。

一方、図4の②の幾何学的図形は図5の連続する3マスを使うパターンであるとする。90°の回転だけ許される場合②は2通りの配向が有意なトポロジーとして選択できるので、②の図形が図5の9マス中の3マスを埋めるパターンとなる組み合わせは2×3=6通りである。

よって、図4の①~③の3つの幾何学的図形が図5の9マスを埋めるパターンとなる組み合わせレイアウトが、所与の特定のレイアウトに偶然に一致する確率は

               1/36 × 1/6 × 1/36 = 1/7776

となる。仮に、16000人のデザイナーに所与のパターンとして①~③の幾何学的図形を与えれば、2人のデザイナーのワークプロダクトが近似的に一致する可能性が確率的にはある。

しかし、90°の回転に限定されず、①~③の幾何学的図形に対し任意の角度の回転をした配向のトポロジーが許されたり、任意の色が使用可能となれば、図5の9マスを埋める組み合わせのみに着目しても、2人のデザイナーのワークプロダクトが完全に一致する確率は無限小になるはずである。この1/7776と無限小の間の確率の差が「微差」と言えるであろう。

留意すべきは、もし2人のデザイナーのデザインの目的やデザインコンセプトが一致している場合は、図5の場合に任意の角度の回転が許されたり、任意の色が使用可能であっても、2人のデザイナーのワークプロダクトが近似的に一致する確率が非常に大きくなる可能性が高いということである。

特許の話に戻すと、この「微差」に着目したとき、後に出願したワークプロダクト(特許出願)に他人が容易に推考できない創作性が認められれば、後に出願したワークプロダクトが保護される可能性が発生する。

第1回で説明したように、単なる公知技術の寄せ集め(aggregation)の発明は、「進歩性」がないとして特許庁から拒絶される。弁理士は、本来、既存の技術要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない発明を、どのように「単なる公知技術の寄せ集め」ではないと、審査官に説明するかということに苦労しているのである。

グーテンベルグの印刷機の発明は、グーテンベルグより400年も前に発明されていた畢昇の活版印刷の技術を考慮すると、「進歩性」があると言えるのであろうか。

§9 必然的に類似することを免れない部分の創作性は否定される

東京高裁平成元年(ラ)第327号では、「プログラムはこれを表現する記号が極めて限定され、その体系(文法)も厳格であるから、電子計算機を機能させてより効果的に一の結果を得ることを企図すれば、指令の組合せが必然的に類似することを免れない部分が少なくない」としてプログラムの創作性が否定されている。

同様に、平成24年東京地裁平成24(ワ)5771号では、「指令の組合せの具体的 記述における表現は事実上類似せざるを得ない面があることからすると、プログラムの作成者の個性を発揮し得る選択の幅には自ずと制約があるものといわざるを得ない」とし、マイクロソフト社が公開している関数の名称(「OnSize」、「AddString」、「LoadBitMap」等)の記述、コンピュータプログラムの文法上一般的に使用される表現を用いたものなどはいずれもありふれた表現であって、作成者の個性が表れているものとはいえないと判示している。

更に、大阪地裁昭和48(ワ)4707号では。科学技術論文の創作性に関して、「自然科学に関する論文中、単に自然科学上の個々の法則を説明した一部分については、同一の事柄でも種々の表現方法のある一般の文芸作品とは異なり、その性質上その表現形式(方法)において、個性に乏しく普遍性のあるものが多いから、…(中略)…その表現形式(説明方法)が著作権の保護の対象となり得るものであることを認め得る証拠はない」と判示している。

一定の基準と判断方法に依拠しないで、単にデザインが近似していることだけをもって、後に提出されたワークプロダクトを、安易に「パクリ」として批判することは、創造的活動のインセンティブを失わせることになる。

近似したワークプロダクトの間に微差として認められる特徴にこそ、偉大なる独創性があり得るのである。したがって、近似した複数のワークプロダクトの間の微差にこそ注意を向けるべきである。

インターネットを基軸とした現在のICTの環境では、画像検索が極めて容易であり、専門家以外の人たちであっても誰でも比較対照すべき情報を簡単に入手できる。このような比較対照用の情報の入手が容易になっている環境では、専門家が行っている一定の基準と判断方法を用いないで、専門家以外の人たちが安易に類比の判断することは極めて危険であり、意味のある議論にはなり得ない場合が多いであろう。



辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
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