鈴木壯兵衞

すずきそうべえ

そうべえ国際特許事務所

[ 弘前市 ]

職種

コラム

 公開日: 2014-04-28  最終更新日: 2015-03-15

第12回 特許に対して遅れている学術論文の世界の意識

 証拠は眼下にある。フランスの哲学者サルトルの教示するところに従えば、STAP細胞の存在を判断するのは読者である。問われているのは指導者側の責任である。
      

§1 特許制度が先で、その後自然科学系の学会ができた

 世界最初の成文の特許法は、1474年(文明6年)のイタリアのヴェネチア共和国発明者条例である。その後、1594年(文禄3年)には、ガリレオの揚水・灌漑用機械の特許が認められている。その後、英国では、1602年(慶長7年)に英国裁判所が、ダーシの特許を無効とし、アレンのトランプの製造販売を認め、発明の新規性の概念が導入されている。

 ヴェネチア共和国発明者条例ができてから、129年後の1603年(慶長8年)に最初の自然科学系学会である「イタリア山猫学会(アカデミア・デイ・リンチェイ)」がイタリアに設立された。発足時の会員は4名であったとされる。「イタリア山猫学会」は、パトロンの死にともなう資金面の問題から1651年で終わった。

 しかし、その後もイタリア学会が引き継ぎ、現在はローマ教皇庁立科学アカデミーを名乗っている。故湯川秀樹博士の他、現在、山中教授(京都大学)、野依理事長(理化学研究所)、五条堀教授(国立遺伝学研究所)の3人が加わり、合計の4人の日本人が世界最古とされるローマ教皇庁立科学アカデミーの会員になっている。

 イタリアに世界最初の特許法ができた後に、そのイタリアの好事的なパトロンによって、世界最初の自然科学系学会が設立されたのである。

 「イタリア山猫学会」ができた翌年の1604年(慶長9年)に、ピサの斜塔でのガリレオ・ガリレイの落体の法則の実験がされたとの逸話がある(「友人サルビへの手紙(私信)」)。しかし、実際にガリレオの実験なされたかは不明である。

 その当時オランダにも特許制度があった。1608年(慶長13年)には、オランダで、リッペルスハイが望遠鏡の特許権をオランダ国会(オランダ総督)に申請したが、メチウスも同時に(数週間リッペルスハイより遅かったとされている)申請したため拒絶された(実は当時、望遠鏡は公知であったともされている)。

 しかし、リッペルスハイには、政府から報奨金が与えられた。フランスに住んでいたガリレオの弟子が、1609年5月にガリレオにオランダの望遠鏡のことを手紙で知らせ、「ガリレオ式望遠鏡」が誕生したともいわれている。ガリレオは望遠鏡を天体に向けた。

 ガリレオは1611年に「イタリア山猫学会」の会員になり、1613年にガリレオの黒点に関する著作が「イタリア山猫学会」から出版されている。

 1610年(慶長15年)には英国で1624年の英国専売条例の基本となるKings Book of Bounty 公布された。1611年(慶長16年)には、英国のSturtevantが特許出願に際し明細書を提出したとされている。このころから特許明細書が注目されるようになってきたのである。そして、1624年(寛永1年)に、今日まで引き続き施行されている特許法としては最古とされる「英国専売条例」が制定されたのである。

 1649年~1660年(慶安2年~万治3年)のCommon-wealth時代には、特許技術を徒弟に教育して公にするよう義務づけた法律がでてきており、特許明細書に先行する法制が整い始めている。

 そして、英国専売条例が制定されてから38年後の1662年に、私設のロンドン王立協会(ロイヤル・ソサエティ)が設立される。その後、1665年に、世界最古の査読による学術論文『ロンドン王立協会紀要(Philosophical Transactions of Royal Society of London)』が発行されることとなる。王立の冠が付されてはいるが、ロンドン王立協会は私設であり、その財政はほとんど会員の会費だけでまかなわれていた。

 引き続き施行されている特許法として世界最古の英国専売条例ができた後に、国王チャールズⅡ世の勅許状により王立の冠を得て、会員の会費によってロンドン王立協会が設立され、世界最古の学術論文『ロンドン王立協会紀要』が発行されることとなったのである。

 ロンドン王立協会が設立され後の1670年(寛文10年)には、英国会がHoward & Watsonの特許の延長の登録に明細書の登録をその条件として命じることとなる。明細書(Specification)の用語が用いられた最初といわれ、技術文書としての特許明細書が、学術論文である『ロンドン王立協会紀要』とともに、着目されはじめたのである。

 更に、1711年(寛文11年)には、英国のNasmythが特許明細書をHigh Court of Chancery へ自発的登録している。1730年(享保15年)頃より特許明細書のない特許は無効であるようになった。1711年~1734の間の英国特許の158件の内、特許明細書のあるものは29件である。この頃より、特許明細書がないと権利は安全でないという認識が広まってきたのである。そして、1769年(明和6年)には、ジェームス・ワットの蒸気機関の発明が登録されている。

 そして、1790年(寛政2年)にアメリカ連邦特許法が制定される。1835年(天保6年)には、英国で実質的部分に変更がなければ特許明細書の補正を認めることとなった。

 そして、1836年(天保7年)に米国に世界最初の専属官庁としての特許商標庁(USPTO)が設立され、特許商標庁(USPTO)が出願された特許明細書を審査する審査主義が開始されたのである。

§2 学術文献の世界より進んでいる特許の様式主義

 2007年のRIETI発明者サーベイの結果概要によれば、多くの研究者は研究着想段階で特許文献の方が、学術文献より重要と考えているというデータがでている(RIETI Discussion Paper Series 07-J-046、2007年12月)。

 学術文献の世界では技術分野毎に学会が存在し、記載要項がすべての学会で統一されているわけではない。これに対し特許制度では各国の特許法が技術分野に関係なく統一された様式を規定している。

 特に、2012年8月1日より、中国特許庁、欧州特許庁、日本特許庁、韓国特許庁及び米国特許商標庁の5極特許庁の特許出願書類の様式要件が統一されている。

 例えば、、欧州特許庁及び米国特許商標庁の様式は以下のようである。この英語の様式は英語による国際特許出願(PCT出願)でも採用されている。

        [DESCRIPTION]
        [Title of Invention]
        [Technical Field]
        [Background Art]
         [Citation List]
        [Summary of Invention]
         [Technical Problem]
         [Solution to Problem]
         [Advantageous Effects of Invention]
        [Brief Description of Drawings]
        [Description of Embodiments]
        [Reference Signs List]

 又、日本特許庁の様式は以下のようである。この日本語の様式は日本語による国際特許出願(PCT出願)でも採用されている。

        【書類名】明細書
        【発明の名称】
        【技術分野】
        【背景技術】
         【先行技術文献】
        【発明の概要】
         【発明が解決しようとする課題】
         【課題を解決するための手段】
         【発明の効果】
        【図面の簡単な説明】
        【発明を実施するための形態】
        【符号の説明】

 日米欧中韓の5極特許庁の出願様式を統一することにより、5極特許庁のそれぞれの明細書の相互間の対応が明確になり、出願時の翻訳の効率化、5極特許庁の特許庁における審査の効率化が見込まれる。又、出願時の経費と時間、及び5極特許庁の特許庁における中間処理に要する経費と時間の低減が期待できる。

 更に、国際特許出願(PCT出願)の様式も統一されているので、PCT出願から100カ国以上あるPCT加盟国に移行する特許出願の様式も、結果的に統一される。このような様式の統一は学術文献の世界ではできていない。

 又、特許文献には、国際的に統一された書誌的事項の識別記号(Internationally agreed Numbers for the Identification of Data:INIDコード)がある。この国際的に統一されたINIDコードを用いることにより、外国語が読めなくても、番号、日付け、出願人などの情報が推定可能になっている。

 更に、国際特許分類(IPC)という国際的に統一された技術分類分けがされ、.技術分野に偏りがないという特徴もある。)

§3 学術文献の世界より進んでいる特許の補正制限主義

  上述したとおり、既に、1835年には、英国で実質的部分に変更がなければ特許明細書の補正を認める補正制限主義がスタートしている。そして、1836年に米国にUSPTOが設立され、各国の特許庁が公の立場から、特許明細書を審査する審査主義の制度が開始されたのである。

 特許の審査においては「補正制限主義」が重要である。出願後に、出願時の特許明細書に記載されていない事項を追加することは、第三者の権利を不当に犯すことになるから許されないとするのである。この「補正制限主義」は、各国の専属官庁である特許庁の審査官が、各国の特許法の「補正に関する規定」及び審査基準に基づいて厳格に適用される。

 一方、技術文書として、特許明細書とともに重要な学術論文には、「補正に関する規定」が国の法律として規定されているわけではなく、各学会の判断に任されている。特許法によって、補正の制度を厳格に定めているのは、特許法を定めている国が、軽微な瑕疵により重要な発明が埋没してしまい、国家の産業の発達が阻害されるのを防ぐ趣旨である。

 ここで「瑕疵」とは欠点、欠陥、傷等の意味である。

 特許出願人は軽微な瑕疵があったからと言って直ちに特許出願を取り下げないものである。まず、特許庁に手続補正書を提出し、特許庁の審査官がその手続補正書が認めるか否かを判断する。

 一方、歴史的経緯からみると、常に特許法に遅れて私的な組織として発達してきた自然科学系学会では、学会が発行する学術論文において、軽微な瑕疵に対する補正の概念や、補正の処理に対する体系化が明確ではない。「補正」「訂正」及び「取り下げ」のそれぞれの手続的要件、実体的要件及び効果について、区々とした各学会の枠を超えて、統一的に明確にすることが、学術論文の世界において急務である。

 辨理士的見地からの私見ではあるが、今騒がれているSTAP論文の瑕疵は「取り下げ」で処理する内容ではなく、「補正」又は「訂正」で処理すべき事項と愚考する。

§4 専有知識と公有知識

 特許法第68条には、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない」と規定されている。このため特許明細書等の特許出願に係る書類は、特許権という専有財産に関する知識である「専有知識」である旨を宣言し、万人にその内容を開示するための書類となる。

 これに対し、学術論文は、万人共有の財産(公有財産)に関する知識である「公有知識」である旨を宣言し、万人にその仮説の内容を開示して、その価値を万人に問うための書類である。

 特許出願に係る書類である特許明細書等も学術論文も万人に新規で有用な発明の内容を開示するための書類である点では同一であるが、特許明細書等では完成した技術として開示している。そして、特許明細書等は出願後1年6月で必ず公開されるので、学術論文よりも先に公開される場合がある。

 特許明細書には考察の欄がない。一方、学術論文には考察の欄があり、未完成の技術として世の中に価値の判断を求めている。世の中に完全な理論はない。我々が観測できるのは全宇宙のたった4%という。全宇宙には23%のダークマターがあると言われている。したがって、電磁気学といえども修正が求められる可能性があるのである。

 ネイチャー(Nature)誌の物理部門の編集長ジーメリスは、「私たちが掲載する論文はすべて100パーセント間違いなく正確である、というのは非現実的だと思います。私たちが掲載する論文の多くは、いろいろな解釈が可能で、問題の部分的な解釈を提示するものであり、さらにたくさんの質問を提起するものもあります。最終的に決着がついたものではないのです。数年後には、科学的に間違っていたことがわかる場合だってあります」と述べている(NHK BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」2004年10月9日放送)。

 1933年に量子力学の功績によりノーベル物理学賞を受賞したシュレーディンガーは、自己の論文の理論式と実験結果が合わないので、自己の論文を撤回している。

 光ファイバーに関する研究により2009年のノーベル物理学賞を受賞したチャールズ・クエン・カオ(Charles Kuen Kao)博士は、なぜ日本人は、西澤潤一元東北大学総長を、「光通信の元祖」と呼ばないかと西澤先生本人に直接質問したという。西澤先生はカオ博士より2年先にガラスファイバーによる光通信を提案していたからである(1964年11月12日出願 特公昭46-29291)。

 学会とは自由に研究者が自己の主張する公有知識について議論する場所である。

 1965年秋の、電子通信学会で西澤先生の弟子が光ファイバの発表をした際に、ある研究所の研究者が、自分の掛けていた眼鏡を外し、「この厚さ1mmのレンズでもいくらか暗くなる。厚さ30cmのガラス板では、真っ暗で何も見えない。ましてや、何十kmものガラスの糸の中を光が届くはずがない。そんなものを通して通信しようなんて・・・・・」と語気鋭く言い放ったと伝えられる。勿論、学会の会場は哄笑の渦と化してしまったといわれる((西澤潤一著「独創は闘いにあり」、第155頁、プレジデント社、(1986))。

 特許の場合は、新規で有用な完成した技術としての発明を万人に提供した代償として、一定期間、その発明を排他的に独占する権利(専有財産権)が付与されるのであり、これを「公開代償」という。即ち、公開代償では、一定期間、特許権に係る発明が排他的に独占された後、その特許明細書等に記載された専有知識が公有化されるのである。

 発明者に専有知識の一定期間の独占権を認めないないで、専有知識としての発明の内容を万人に開示すれば、他人が直ちに模倣することが可能である。公開代償説では、発明者が専有知識の内容を永久に秘密にし、その結果、専有知識の内容が社会的に活用されないことを恐れるのである。

 結局のところ、特許明細書等に記載された完成した技術としての専有知識も、学術論文に記載された未完成な技術としての公有知識も、一定期間が満了した後は、万人が開示された新規且つ有用な科学技術を利用し、これにより産業の発達が図られることとなる。

 但し、特許権は、特許発明を専有する権利ではなく、単なる排他権に過ぎないという「排他権説」もある。米国憲法第1条(8)には「著作物及び発明者に対し、一定期間、それぞれ著作物及び発明について、排他権を保証し、科学及び有用な技術の進歩を促進すること」と規定され、排他権を規定している。1795年のフランスの憲法第357条も同様に「排他的所有権」を規定している。

 実際のところ、研究者の中には特許権を取得する行為を「私欲のため」等と称して排斥する風潮も依然として存在する。しかし、 専有知識と言えども、特許発明をどのように活用するかは特許権者の自由であり、特許発明を特定の人に開放してもよく、特許発明を万人に開放してもよい。2005年1月11日には、 IBMが所有する基本的なソフトウェア特許500件を、オープンソースソフトウェア開発に従事している個人および団体に対して無償提供すると発表している。

 一方、山中教授は「iPS細胞を開発して以降、一部の企業による独占を防ぐためにわれわれが特許を取得し、コストを削減する努力を続けてきた。新しい技術を開発した企業が使用料を高く設定する傾向に歯止めをかけなければならない」と主張し、専有知識である特許発明の排他的な使用を提言している。

 山中教授の発言から、特許明細書等を記載して特許権を取得する行為は私欲のためではないことが分かる。又、特許権を取得するために特許明細書等を記載する行為は科学的な行為であり、研究者にとって品のある行為である。

§5 人格権としての発明者掲載権

   パリ条約第4条の3は、「発明者は権利証に発明者として記載される権利を有する」と規定している。又、我が国特許法第28条第1項に、「特許庁長官は、特許権の設定の登録があつたとき、…(中略)…、その登録があつたときは、特許権者に対し、特許証を交付する」と規定されていることは、発明者は、特許を受ける権利を有するとともに、その名を特許証に記載される権利をも有することを意味している。

 特許法施行規則第66条には、以下のように規定されている:

   第66条  特許証には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
    1  特許番号
    2  発明の名称
    3  特許権者の氏名又は名称及び住所又は居所
    4  発明者の氏名
    5  特許権の設定の登録があつた旨、特許法第七十四条第一項 の規定による請求に基づく特許権      の移転の登録があつた旨又は願書に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは図面の訂正をすべき旨の決定若しくは審決が確定した場合において、その登録があつた旨
   6  前各号に掲げるもののほか、必要な事項

と規定されている。又、公開特許公報(特許法第64条第2項)及び特許公報(特許法第66条第3項)にも発明者の氏名が掲載される。

 我が国特許法上にはパリ条約第4条の3に対応する発明者掲載権についての明示の規定はない。しかし、特許法第26条には、「特許に関し条約に別段の定があるときは、その規定による」と規定され、パリ条約第4条の3を遵守することが規定されている。

 創造的仕事をした研究者の名前を特許証に残す点で、発明者掲載権は学術論文の著者名(執筆者名)と同様な効果を有すると解される。「特許を受ける権利」は、発明者の創作によって発生するものである。パリ条約第4条の3の規定と同様に、人格権、ことに名誉権を伴う発明者掲載権が、特許権という専有財産に関する情報である「専有情報」にも含まれていることについては疑う余地はないであろう。

§6 特許制度より遅れている学術論文の世界

 日本では、1871年(明治4年)に最初の特許法である「専売略規則」が公布された。その6年後、1877年(明治10年)に東京数学会社が設立された。日本で最初に創立された組織的な自然科学系の学会である。その前の1875年(明治8年)には東京医学会社が設立されている。「会社」とは、societyの意味である。アメリカ物理学会はAmerican Physical Societyである。東京医学会社は、後の医師会並に医学会の起源とされる。

 幕末から明治初期にかけて研究所や大學は「社」又は「会社」と呼ばれていた。慶應義塾は、1859年(安政5年)に創立されているが、1868年(慶應4年)に塾舎を築地鉄砲洲から芝新銭座に移転した際の「芝新銭座慶應義塾之記」には、「今ここに会社を立て義塾を創め、同志諸子相共に講究切磋し、…(以下略)」と記載されている。福沢諭吉は「慶應義塾会社」と呼んでいたという。

 東京数学会社は,明治10年の11月に和文誌『東京数学会社雑誌』を創刊し,1884年まで発行を続けた。

 一方、「専売略規則」は発明の審査ができる人がいないということで1872年(明治5年)に廃止されてしまった。そして、1885年(明治18年)に全28条の専売特許条例が布告され、専売特許所(現在の特許庁)が設立された。明治18年の頃は特許出願は、直接専売特許所に提出するのではなく、すべて地方庁を経て提出された。

 明治10年設立の東京数学会社が、東京数学物理学会(さらに日本数学物理学会)に改組された後、現在の日本物理学会になっている。「東京数学会社」と、数学の表示があるのは和算の伝統に由来するようであるが、「会社」とは私的な法人という意味になる。元は文部科学省所管であったが現在の日本物理学会は一般社団法人であり、公的な組織ではない。

 電気学会も元は文部科学省所管であったが今は一般社団法人である。日本最大の学会である日本内科学会も一般社団法人である。営利法人である株式会社等とは異なるものの、「一般社団法人」は、一般社団・財団法人法に基づいた一定の要件を満たしていれば設立できる。事業目的に公益性がなくても構わないし、一定の手続き及び登記さえ経れば、主務官庁の許可を得るのではなく準則主義によって誰でも設立することができる。

 有馬朗人元東大総長が「1つの特許は10の研究論文に相当する」と指摘されたのは、日本物理学会が一般社団法人になったときより15年も前の1996年のことである(平成8年4月7日「21世紀の知的財産権を考える懇談会」報告書)。逆に読めば、「1つの研究論文は1つの特許の1/10の価値しかない」ということである。

 ガリレオのピサの斜塔の頂上から重い球と軽い球を同時に落とし、両者が同時に着地するところを見せる実験を行ったという逸話は、1604年にガリレオが友人パオロ・サルピ(Fra Paolo Sarpi)に宛てた手紙(私信)が根拠のようである。

 しかし、ガリレオがピサの斜塔の実験を行ったことを示す客観的な証拠は何もない。一方、1594年(文禄3年)のガリレオの揚水・灌漑用機械の特許は客観的な記録として残っている。学術論文の目的は独創的な研究のプライオリティを客観的な公正さで示すことである。

 プライオリティを示す点では、専有知識である特許と公有知識である学術論文は同じ目的を持っている。

 米国では、ラボ・ノートの証拠能力を高めるために、重要な研究デ-タを定期的に米国特許庁(USPTO)に仮出願している企業や大学もある。仮出願には「特許請求の範囲」を記載する必要がないからである。ラボ・ノートの代わりに提出した複数の仮出願を、あるタイミング(最初の仮出願より1年以内)で纏めて、それに「特許請求の範囲」を記載して本出願して特許出願してプライオリティを客観的に明確にするやり方である。

 このような仮出願は、高額な外部の法律事務所を使わずに、企業や大学などの内部のスタッフが、自ら仮出願を行なっているという事例も多い。「特許請求の範囲」の記載は特許弁護士の能力が必要であるが、「特許請求の範囲」を記載しなくてもよければ、誰でも仮出願して客観的なプライオリティを主張できるからである。

 日本には仮出願制度はないが、形式的な請求項が1つだけの「特許請求の範囲」を記載して、出願書類として必要な様式を整えれば我が国の特許庁に提出できる。したがって、日本の現行の制度内でも、実質的に米国の仮出願と同等なラボ・ノート代わりの客観的なプライオリティの主張は可能である。

 いずれにせよ、特許及び学術論文において、ともに重要なのは、誰にそのプライオリティがあるかという客観性である。この誰にそのプライオリティがあるかという事項は共同研究の際に問題が発生する。専有知識である特許に比して、公有知識である学術論文を投稿する際には、共同研究者の中で誰を執筆者とするという議論が曖昧にされる場合が多いと思われる。

§7 共同執筆者をどのように決定するのか

 「冒認出願」とは、真の発明者でないものが真の発明者からその発明を盗み、自己もしくは第三者を発明者であるとしてした出願をいう。我が国の特許法第49条第7号には、「その特許出願人がその発明について特許を受ける権利を有していないとき」は、審査官は、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならないと規定されている。

 また、特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、特許出願をすることができないとされている(特許法第38条)。特許法第38条に違反する特許出願は拒絶理由を有する(共同出願違反、特許法第49条第2号)。

 我が国で、真の発明者や真の権利者が冒認行為又は共同出願違反行為を発見した場合、無効審判(特許法第123条第1項第2号、第6号)を請求することにより、当該特許を無効にすることが可能である。又、真の権利者は、不法行為に基づく冒認又は共同出願違反をした者に対する損害賠償請求が認められる可能性がある(民法第709条)。

 専有知識である特許においては、冒認行為又は共同出願違反行為の問題の発生を防止するためには、誰が真の発明者であるか、その発明に対する共同発明者の貢献度の順位はどのようになるかを共同研究者全員で協議しておくことが重要である。

 しかし、既に前回(第11回)研究者の知財マインドの欠如を指摘したとおり、公有知識を開示する学術論文においては、誰が真の発明者であるか、その学術論文に対する共同執筆者の貢献度の順位はどのようになるかを共同研究者全員で協議して決定することが疎かになっているように思われる。

 即ち、発明者の順位を決める作業や、真の発明者は誰かを共同研究者がきちんと協議しておくことが、冒認行為又は共同出願違反行為の問題の発生を防止するために重要であるが、公有知識である学術論文においては、真の共同研究者でない者がフリルとして共同執筆者に名を連ねる例が見受けられる。

 学術論文の世界においては、特許における冒認行為又は共同出願違反行為となるような安易な共同執筆者の選定をしている悪しき慣習への問題意識が低いように思われる。

 既に、パリ条約第4条の3に期待された発明者掲載権については説明したが、学術論文においても誰にその研究の独創性(オリジナリティ)のプライオリティがあるかを決定する作業が極めて重要であり、単なる管理者が共同執筆者になることは許されないのである。

 筆者が研究をしていたころは、貢献度表を共同研究者全員で協議し、記録に残すことを指導された。貢献度表は、西澤潤一元東北大総長が発案され、論文投稿の際と、特許出願の際には、必ず共同研究者が全員で協議して決定することが要求されていた。

 専有知識である特許の場合は利益の分配が関係してくる。また職務発明の場合は、発明譲渡に対する相当の対価の支払いには、発明への貢献度の割合を知る必要がある。オリジナリティが最も重用視される学術論文においても、共同研究者の間におけるオリジナリティの主張に伴う人格権や名誉権の持ち分配分が問題になり、金銭的な問題だけではないのである。

 東京地裁昭和58年12月23日判決(昭和54年(ワ)第11717号)では、発明完成への寄与の程度に従い、各共有者について相異なる共有持ち分が決定されている。

     │評価項目│分配率 │共同研究者1│共同研究者2│共同研究者3│
     │着想   │ m1   │   x11    │   x21     │ x31      │
     │展開    │ m2   │  x12     │  x22    │ x32      │
     │結果   │ m3   │  x13    │  x23    │ x33      │
     │結論    │ m4  │  x14    │  x24    │ x34      │
     │総合評価│   1    │  y1     │   y2    │ y3       │

 貢献度表では、発想時のアイデアの独創性への寄与分配率(課題の提供又は課題が既知であれば、その課題解決の方向づけへの寄与分配率)をm1、上記発想を具体的な研究に展開する際の工夫への寄与分配率をm2、その展開から、実際に結果を得る段階での寄与分配率(その結果を得たのは誰か)をm3、その結果を考察し、結論として、特許出願可能な発明を導き出す段階での寄与分配率(その結論を得たのは誰か)を寄与分配率m4として(m1+m2+m3+m4=1)、それらの寄与分配率のそれぞれにおける各共同研究者の貢献度が重みとして発明への貢献度の総合評価が計算される。

 例えば、共同研究者1の貢献度は寄与分配率m1の評価項目への貢献度がx11、寄与分配率m2の評価項目への貢献度がx12、寄与分配率m3の評価項目への貢献度がx13、寄与分配率m4の評価項目への貢献度がx14であれば総合評価y1は、以下の式から計算される:

      y1=x11・m1+x12・m2+x13・m3+x14・m4

 同様に、共同研究者2の貢献度の総合評価y2及び共同研究者3の総合評価y3も計算される。共同研究者が3名であれば、y1+y2+y3=1である。総合評価の値y1、y2、y3を比較して、今回の特許出願に際して、だれを筆頭発明者とするか等の共同発明者の順位の決定、或いは、共同発明者ではないという決定がなされる。

 技術分野により寄与分配率m1,m2,m3,m4の値は異なる。特に、化学系や薬品の分野では、「着想」よりも、「実際に結果を得るまでの実験の過程」が、他の分野に比して、重要視されるのでm1よりもm2やm3の値の方が大きくなる。一方、機械や電気系の場合は、m1の方が、m2やm3よりも相対的に重要視される場合がある。

 平成13年(ワ)第7196号(東京地裁平成14年8月27日判決)では、製法のヒントになる文献を見つけた製薬会社の製剤研究室長は発明者ではなく、製剤研究室長からヒントを受けてコーティング技術の開発をした製剤研究室長の部下が発明者であるという認定を受けている。

 東京高裁昭和51年4月27日判決 昭和47年(行ケ)第25号も、着想を具体化した者を共同発明者として認めた例である。

 貢献度表で決定される「共同発明者」とは、実質的に協力し、発明を成立させた者をいうので、単なる管理者は共同発明者ではない。論文の書き方を指導したに過ぎないというのであれば、特許の共同発明者ではなく、学術論文の共同執筆者でもない。

 部下の研究者に対して一般的管理をした者、たとえば、教授が、具体的着想を示さず単に通常のテーマを学生や助手に与えた場合、又は部下の発明の過程において教授が単に一般的な助言・指導を与えた場合は、教授は共同発明者や共同執筆者ではないとされている。プロジェクトリーダが「論文作成の遅い段階で研究に参加したにすぎない」とするならばプロジェクトリーダに共同発明者や共同執筆者の資格があるかどうかは疑問である。

 実質的に協力し、発明を成立させた者が共同発明者や共同執筆者である。その共同発明者や共同執筆者であるはずのプロジェクトリーダが検証実験を担うというのは違和感がある。プロジェクトリーダが、単なる管理者であって、実質的に何も関与していなかったことを示しているのであり、共同発明者や共同執筆者ではないことを証明している。

 又、単なる補助者は、共同発明者ではない(東京地裁昭和54年4月16日判決 昭和52年(ワ)第1107号)。指導教授の指示に従い、単にデータをまとめた学生や、単に実験を行った学生は共同発明者ではない。

 又、当業者の技術者が容易に構成製作できる程度のことをしただけでは、発明者として認められない(大阪地裁平成4年3月26日判決 昭和63年(ワ)第5570号)。小保方さんに頼まれて単に従来既知の技術を応用してキメラマウスを作ったのであれば、共同発明者でもなければ、論文の共同執筆者でもない。

 発明の特徴点について着想していない者を共同発明者として認定しなかった例もある(東京地裁平成14年8月27日判決 平成13年(ワ)第7196号)。共同発明者でもないし、共同執筆者でもない人間が、論文の取り下げを提案しているとすれば、不合理である。

 小保方さんのラボノートの冊数の問題よりも、理研やハーバード大學が、きちんと共同研究者全員の協議をして、だれが共同発明者や共同執筆者であるのかを決定し、どのような貢献度表を作成してネイチャー誌に投稿したのかが重要である。論文投稿の際に貢献度表を作成しないのは、特許より学術論文の世界の意識レベルが遅れているという証明である。

 我が国の十大発明の一つとなっている八木アンテナ(特許第69115号 1925年12月28日出願)を発明した八木秀次先生は、「帝国学士院記事」の論文 (帝国学士院記事、 2巻、2号、1926年 2月) を宇田新太郎先生と連名にして提出したが、その後の論文はすべて宇田先生の単独名で書かせたそうである。その後「八木・宇田アンテナ」と呼ばれるようになった所以である。

 1965年ごろ、西澤先生の教授室へわざわざ宇田先生が出向き、「原理は間違いなく、すべて八木先生、しかし、実験などはほとんど僕がやった」と西澤先生に言われたとのことである。

 残念なことに今の日本には八木先生のような見識を有し、高い視座から若い研究者を指導できる指導者が極めて少なくなってしまったことである。それどころか、若い研究者の業績にただ乗りして共同執筆者になり、その論文のミスが見つかれば、若い研究者の責任に転嫁してしまうのでは、若い優秀な研究者は育たない。

 作家 夏川賀央氏は、『革新的な商品やサービスを生み出せるのは、従来型のエリートではない。むしろ、いわゆる職場の「異端児」だ』と、言われている。若い研究者のミスを自分の責任として指導者が負い、少し型破りな考え方や言動をする若い研究者を育てる見識と力量こそ指導者に求められているはずである。

§8 ネイチャー誌の商業主義

 イタリア山猫学会は、イタリアの富裕な名門の出身で、自ら植物学者であったフェデリコ・チェージ公が1603年にローマに設立したが、1630年にチェージ公が死に、パトロンを失ったことで活動は停滞した。その後も、当初のメンバーの一人であるステッルーティによって活動の維持が試みられたが、1652年にステッルーティが死ぬと、イタリア山猫学会の活動は終了することになる。

 その当時イタリアでは、他の「ルネサンス型アカデミア」も設立されているが、いずれもパトロンが私邸に学者を招いて主催する私的な集まりであった。そのため、パトロンが死ぬとともに解散する運命にあった。

 学会が公的な組織ではないので、活動の資金が必要になる。このため、一部の学術論文や学術雑誌が商業主義に陥いることになる。これも「1つの研究論文は1つの特許の1/10の価値しかない」ということに寄与している原因であろう。

 2013年のノーベル生理医学賞受賞者であるカリフォルニア大学バークレー校のランディ・シェクマン(Randy Wayne Schekman)は、、「ネイチャーの編集者は、科学者ではないので、研究の内的価値よりもスクープを優先して考える」、「研究を商品化して、研究者たちが結果を修正するように追いやり、科学を台無しにしている」とし、ネイチャー(Nature)の商業主義を批判し、絶縁宣言をした。

 商業主義のネイチャー誌に投稿した理研も、商業主義に陥ったのであろうか。対応する特許出願(PCT出願WO 2013/163296A1)の共同発明者ではなく、ネイチャー誌の論文の方だけに共同執筆者として加わっている1名は商業主義的な目的で名を連ねたのであろうか。

 西澤潤一先生は、以下の「西澤三原則」で研究の指導をされていた。
         一 未だやられていない事でなければならない。
         一 どこよりも早く発表しなければならない。
         一 他人がやり直しをせねばならないようではならない。

 「どこよりも早く」という要求と、「他人がやり直しをせねばならないようではならない」という要求は相反する場合があるであろう。指導者たるものは、商業主義的な目的で論文を利用したり、中途半端な状態で論文を発表させてはならないのである。

 ネイチャーダイジェスト2013年1月号は、2012年現在における論文撤回率は全体の0.01%であることを報じている(Zoë Corbyn,"Misconduct is the main cause of life-sciences retractions",October 01, 2012)。論文撤回率は1975年に比し10倍になっているとのことである。その論文撤回件数のトップテンに「ネイチャー」(7位)、「サイエンス(Science)」(3位)、「セル(Cell)」(10位)が入っている。

 細胞生物学者であるランディ・シェクマンは、ネイチャーの他、米国の「サイエンス」及び「セル」に対しても絶縁宣言をしている。「ネイチャー」「サイエンス」及び「セル」が大切なのはお金で、研究はその後なのだという批判である。

 山中教授が2006年にiPS細胞の論文を投稿したのはセル誌である(Cell 126 (4): 663. doi:10.1016/j.cell.2006.07.024. )。

 ランディ・シェクマンによれば、「ネイチャー」「サイエンス」及び「セル」の3誌に掲載される栄誉のために、中国科学アカデミーのような機関が、専門性にかかわらず論文が掲載されるという大仕事に成功した研究者に3万ドルも支払っている。そしてこうした報奨金が、給料の半分にもなる人もいるとのことである。

 そもそも、初期のネイチャー誌はX Clubによって書かれた記事を多数含んでいた。X Clubは、その時代に科学的と信じられていたことに対して異論をとなえることで知られていた科学者集団である。最近ではユリ・ゲラーの論文を掲載して物議を醸したことがある(Targ R. & Puthoff H., "Information transmission under conditions of sensory shielding", Nature 251, 602-607 (1974))。

 ユリ・ゲラーの論文については、先行コラムとして"Challenge to Scientist", Nature 246, 114, (1973) がある。この論文の掲載の是非についてはネイチャー誌編集部内でも議論を呼び、Nature 251, 559-560 (1974) やNature 254, 470-473 (1975) で議論が紹介されている。

 又、2011年には、鳩山由紀夫氏の論文がネイチャー誌に掲載され、一部から批判されたことでも有名である(Nuclear energy: Nationalize the Fukushima Daiichi atomic plant, Nature 480, 313-314 (2011年12月15日号))。

 ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre)は、「読者が意味を発明し、言葉や句をその場所におき、保存し、目覚めさせなければ、作品は意味をもたない」と言っている(サルトル全集第9巻シチュアシオンII「文学とは何か」加藤周一他訳、 人文書院)。

 サルトルに従えば、ネイチャー誌のユリ・ゲラーの論文をどう解釈するか、鳩山由紀夫氏の論文をどう解釈するかは、読者側の判断である。

 既にネイチャー誌の論文において、どの画像が取り違えられ、どの画像に切り貼りがあったかは判明している。読者はそのようなミスを認めた上で、ネイチャー誌に掲載された論文の文脈の全体から、STAP細胞の仮説が正しいか否かを判断し、「意味」を発明すればよいのである。

 STAP細胞が存在するか否かの証拠は、既に読者が入手可能なところに提示されているのである。





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