鈴木壯兵衞

すずきそうべえ

そうべえ国際特許事務所

[ 弘前市 ]

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コラム

 公開日: 2014-04-10  最終更新日: 2016-06-14

第10回 発明は天才のひらめきによるものではない

§1 何故語原を調べずに、器械的に覚えようとするのだ

 文芸雑誌「スバル」に発表したが、明治42年(1909年)7月に発売禁止の処分を受けた森鴎外の「ヰタ・セクスアリス(ウィタ・セクスアリス)」に以下のような記載がある。

十五になった。
 去年の暮の試験に大淘汰があって、…(中略)…。寄宿舎では、その日の講義のうちにあった術語だけを、希臘拉甸(ギリシャラテン)の語原を調べて、赤インキでペエジの縁に注して置く。教場の外での為事は殆どそれ切である。人が術語が覚えにくくて困るというと、僕は可笑しくてたまらない。何故語原を調べずに、器械的に覚えようとするのだと云いたくなる(森鴎外「ヰタ・セクスアリス」新潮文庫、新潮社より抜粋)

 森鴎外は軍医森林太郎として有名であるが、語学が得意で「語学の天才」と言われていたそうである。森鴎外は、英語でもドイツ語でも、その単語をそのまま覚えるのではなく、まずその単語の語源のギリシャ語やラテン語を調べていたとのことである。

 東京医学校時代の鴎外は、ドイツ語での授業で、ドイツ語をすべて中国語(漢文)に翻訳して縦書きで記録していたという。鴎外のノートを覗き見た同級生は、ノートを見て愕然としたという。鴎外はドイツ語と漢文を同時に勉強していたのである。

§2 「発明」の語源はラテン語

 さて、英語の発明(invention)の語源はラテン語で、「ある考えなどが心の中にやって来るとか発現する」という意味だそうである。ラテン語の「発見する」はinvenireと表記される。ラテン語の「発見(すること)」はinventioであり、ラテン語の「発見(したもの)」はinventumと表される。

 詳しく言うと、語根 ven-, vent-, ven-, vent-の基となるラテン語venire は、 to come(来る)を意味する。このラテン語inventumが、ラテン語の俗語であるロマンス諸語に発展し、さらにフランス語のinvention(アンヴァンシオン)になったようである。

 英語はラテン語とは別系統のゲルマン祖語から発生し、西ゲルマン語群を経由し、更にアングロフリジア語を経由して古英語となる系統の言語である。しかしながら、1066年に当時のイングランドがノルマン人(フランス人)により征服(ノルマン・コンクェスト)された結果、古英語から派生した中英語にフランス語の借入が発生し、フランス語のinvention(アンヴァンシオン)が英語のinventionになったようである。

 ドイツ語では、発明は、Erfindungであり、「見つけ出す」という意に基づいているとされる。ドイツ語の専門家に聞いたところ、erfinden, Erfindung の語源はラテン語まで遡れるようである。そのドイツ語の専門家によれば、現行のerfinden は古高ドイツ語(西暦750~1050年)の時代においては invenire, reperire と表記されていたとのことである。ここでinvenire, reperire の意味はerfindenということで用いられていた。

 それが時代を下って中高ドイツ語(1050~1350年)の時代においては、arfindan, irfindanという形に変化してゆき、そののち今日のドイツ語の直系となる新高ドイツ語でerfinden となったということである。

 なんと、インド・ヨーロッパ語族の内で、ラテン語の系統となるイタリック語派とは全く別系統のゲルマン祖語→西ゲルマン語群の系統をたどるドイツ語も、その最も古いドイツ語である古高ドイツ語ではinvenireと表現されていたのである。このような事情で、ドイツ語のErfindungもラテン語からの由来が強く示唆されるというのがドイツ語の専門家の見解である。

 このことは、歴史的には、ドイツはフランスの属州であったことに由来していると思われる。即ち、843年にフランク王国が東・中・西の3王国に分裂し、この東フランク王国が神聖ローマ帝国(962~1806年)を経てドイツになったという歴史が、古高ドイツ語での表現がinvenireとなった理由と思われる。

§3 どのようにすれば、「ある考え」が心の中にやって来るのか

 P.F.ドラッカーが、「私自身は、天才のひらめきがイノベーションとして成功した例に、一つも出会っていない」と述べているように、発明は天才の特別な才能から生まれるのではない。

 BBCが制作し2003年1月にNHKが放送した「2002ノーベル賞 受賞者討論会」で、小柴昌俊東大名誉教授が、「アインシュタインとモーツァルトのどちらが天才か?」という問いかけをされた。

 小柴先生の説明は、「物理学というのは主体と客体が分離している学問。一般相対性理論は重力の問題を論じているが、重力という客体は最初から存在している。だからアインシュタインが現れずとも、一般相対性理論は、後で誰かが発見できるものである」とのことであった。

 一方、「モーツァルトの音楽、芸術というものは主体と客体を分けることができない。つまり主客一体から生み出される。こう考えるとモーツァルトの音楽は誰も作ることができない。だからモーツァルトの方が天才である」というのが、小柴先生の論理である。

 実際のところ、1915年の一般相対性理論の端緒となる問題点は、1900年にケルヴィン卿がロイヤル・インスティチューション(Royal Institution)の講演で、「20世紀の物理学が解決すべき問題」として指摘していた。更に、特殊相対性理論についてはポアンカレ自身もアインシュタインの論文の1ヶ月前に完成の一歩手前まで出来ていた論文を発表している。

 又、一般相対論の重力方程式はヒルベルトの論文の方が5日前に投稿されていたとのことである(Jean Hladik 著「アインシュタイン、特殊相対論を横取りする」丸善)。しかし、ヒルベルトの論文は、アインシュタインの論文の方が4月先に発行されたので、ヒルベルトがアインシュタインの論文を読んで書き改めた後、発行された。

 そもそも、アインシュタインの相対性理論は、数学的には、ブール、アイゼンシュタイン、シルヴェスター、ケイリーらの発見した不変式の理論と、リーマンの幾何学を歴史的前提としている(E.T.ベル『数学をつくったひとびと(上)』東京図書)。又、一般相対性理論の基本方程式は10元連立非線形2階偏微分方程式という難解な方程式で、アインシュタインは友人であるグロスマンにリーマン幾何学を教わりながら理論を完成させたと言われている。

 一方、一説によれば、モーツァルトは、オペラの作曲を2時間で完成させたという。モーツァルトは、「音楽を書いているのではなく、既に頭の中に譜面ができあがっている作品を、単に書き取っているだけなのだ」と、その天賦の才能を述べたという。

 「2002ノーベル賞 受賞者討論会」では、小柴先生の説明に対し、「それでは、1万匹の猿にワープロの習得をさせればそのうちシェークスピアの戯曲を書くのか」という質問があった。これは、アーサー・スタンレー・エディントンの無限の猿定理(infinite monkey theorem )についての質問である。

 エディントンは1919年5月29日にアフリカのプリンシペ島で、日食を観測し、恒星から観測者に達する光線が太陽の近くを通る場合、太陽の重力場によって光線が曲げられることを確認し、一般相対性理論の予測を裏付ける結果を得たことで有名である。

 エディントンは、「もし猿の大群がタイプライターを叩き続けたとすると、大英博物館の蔵書全てを打ち出すかもしれない」と述べている。その理由は、タイプライターのキーがちょうど100個あるとする と、「banana」という1単語(全部で6文字)がタイプされる確率は:

     (1/100)*(1/100)*(1/100)*(1/100)*(1/100)*(1/100)=1兆分の1

であるから、無限の猿がいれば、確率論的には、大英博物館の蔵書全てを打ち出す可能性があるということである(アーサー・スタンレー・エディントン(Sir Arthur Stanley Eddington) "Science and the Unseen World". New York: Macmillan, (1929))。

§4 無限の猿が居なくても発明はできる

 発明王トーマス・エジソンは、「自分自身は自然界のメッセージの受信機で宇宙という大きな存在からメッセージを受け取ってそれを記録することで発明としていたに過ぎない」と述べたというが、これはどういう意味であろうか。

 既に、2013年8月23日付けの第5回のコラムで述べたとおり、エジソンはGE社の「電球年代記」の名簿の25番目に登場するのであり、決してエジソンが最初に白熱電球を発明した発明者ではない。

 サイバネティックス理論を提唱したコンピュータ学者ノバート・ウィナーは、エジソンによる最も偉大な発明は企業内研究所の発明であると述べている。エジソンは、1876年(29歳の時)、カルフォニア州サンマテオ郡のメンローパークに研究室を設立し、1887年にはニュージャージー州のウェストオレンジに研究所を移している。

 メンロー・パーク研究所の組織的研究では、発明を生み出す専門家や技術者を70名ほど確保しチームワークで研究、後に「天才の集合」 (Collective Genius)と呼ばれた。その中には、エジソンが主任化学助手兼数学者として採用したプリンストン大学数学専攻のフランシス・R・アプトンがいた。

 アプトンの最初の任務は、白熱灯の特許に関する内外のあらゆる先行技術文献を調査して、その先行技術文献の情報を分析することであった。森鴎外は、単語の語源を調べることの重要性を述べたが、エジソンは技術の語源である先行技術を徹底的に調べたのである。

 アプトンのメモには、過去数十年間の白熱灯に関するあらゆる文献に記載された現象や発明が分析されている。エジソンは、1万匹の猿のように、むやみやたらに、片っ端から実験したのではなく、発明をする前に先行技術調査を徹底的に行っている。

 ここにエジソンの偉大さがあるのである。アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(Alfred North Whitehead)も、「19世紀の最大の発明は、発明法の発明であった」と述べている(Alfred North Whitehead, "Science and the Modern World". New York: Macmillan Company, 1925; A.N. ホワイトヘッド著、上田他訳、『ホワイトヘッド著作集第6巻 科学と近代世界』、松籟社、1981年、p133)。トヨタ自動車においては、「創意工夫はひらめきではなく,科学である」とされている(若山富士雄・杉本忠明,『トヨタ利益1兆円の経営哲学』,オーエス出版社,2002,p124)。


辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
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