鈴木壯兵衞

すずきそうべえ

そうべえ国際特許事務所

[ 弘前市 ]

職種

コラム

 公開日: 2013-07-02  最終更新日: 2016-05-24

第3回 実用新案権はどのように活用するのか(特許になりそうもないので実用新案というのはNG)

1.実用新案は意匠の仲間として誕生

辨理士数が50名を超えるような大きな特許事務所になると、意匠専門の辨理士がいるが、そのような意匠の専門家であっても、実用新案と意匠の関係や実用新案法誕生の経緯を知らない方がいる。

即ち、1843年にイギリスで意匠条例(Designs Copyright Acts)が公布されたが、この中の補則として、「実用の目的を有する製品の新規な考案」に三年間の保護を認めたのが実用新案の歴史の最初である。更に、1883年に特許意匠商標条例(Patents Designs and Trademarks Acts)が制定され、実用新案は意匠の中に含まれることになった。しかし、現在では、実用新案はイギリスでは認められていない。

現在の日本の実用新案法第1条は、「この法律は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案の保護及び利用を図ることにより、その考案を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」と規定されている。一方、現在の日本の意匠法第2条には、「この法律で『意匠』とは、物品(物品の部分を含む。第八条を除き、以下同じ。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう」と定義され、意匠と実用新案の保護対象が近似していることが分かる。

【図1】

イギリスで意匠の中にスタートした実用新案に対し、ドイツでは、1891年に「意匠法で保護するのは審美的目的をもったものに限る」として実用新案保護法が制定された。これが、世界最初の単独の実用新案法である。

2.日本の実用新案法は先進国の特許から守るためにスタートした

1884年(明治17年)に商標条例が公布されたのに続き、1885年(明治18年)に高橋是清が起草した「専売特許条例」が 発布・施行された。ただし、外国人には特許権が認められていなかった。「専売特許条例」の策定にあたっては、「特許制度は、わが国民の特徴であるまねづくりの自由を抑圧し、国内産業の発展を阻害するもの」という反対意見も根強くあったそうである。

しかしながら、1899年(明治32年)にパリ条約(工業所有権保護同盟条約)への加盟後は、パリ条約の規定により外国人も日本国民と同一の条件・手続きに従うかぎり、日本国民と同一の保護を得られることになった。

1899年当時、特許が欧米人の「機械工業的発明」に与えられるのに比し日本人の「手工業的発明」は特許の対象としては発明のレベルが低かった。「世間の便利をなす新規の工夫」というものの、第1回のコラムで説明した進歩性(斬新性)の審査を厳しくすると、日本からの出願は特許としては認められず、外国人に特許を占有されてしまう虞があった。現在TPPへの加盟が議論されているが、1899年当時においては、日本の産業界にとって致命的事態が予想されたのである。

当時は、日本人の特許発明として保護するに足るレベルの技術が少なかったのである。欧米の先端技術の周辺技術や日用品雑貨工業等の小発明を守ることにより、日本の産業を保護する必要性から、1905年(明治38年)に実用新案法が公布され施行されるに至るのである。高橋是清は、仮に特許権により基幹技術を欧米に席捲されたとしても、その周辺技術を日本人が実用新件で押さえれば日本の産業を保護できると考えたわけである。


3.実用新案法は平成6年に無審査登録主義になる

1980年(昭55年)までは、我が国の実用新案の出願件数は特許の出願件数を上回り、世界に例がない状況であった。2012年の中国における特許の出願件数は、652,777件であるが、実用新案の出願件数は740,290件と特許の出願件数を上回り、1980年当時の日本の状況と類似している。しかし、1985年(昭和60年)に年間約20万件あった日本の実用新案の出願件数は、その後減少し始め、1994(平成6年)に施行された無審査登録主義移行前は、年間約8万件の出願件数になるに至る。

米国の栄光は月表面にアームストロング機長が降り立った時(1969年)に頂点に達し、その後は、米国産業はおかしくなり始めたといわれる。1970年代後半に入り、米国製品は日本やドイツ企業に押されるようになり、貿易赤字が著増し始めた。当時の世界の特許出願は年間100万件位だったが、日本の特許出願は40万件近くで、米国の出願は10万件であった。1981年にレーガンが米国大統領に就任すると、米国は、プロパテント政策に転じ、特許は米国を外国から収益を得る武器になった。わが国の実用新案登録出願の出願件数が1980年以降、急激に減少するに至ったのは、わが国の技術水準の向上に伴うものと理解できる。

1980年当以降の技術革新の進展及び加速化を背景として、実用新案登録出願には、出願後のきわめて短期間に実施が開始され、ライフサイクルも短い技術に対する保護ニーズが顕著となっていた。しかし、従来法では実用新案に対し審査主義を採用していたために、出願から権利付与までに一定期間を要したことから、たとえ審査期間の短縮等が図られたとしても、適切な保護を図るためには一定の限界があった。そこで、我が国は、かかる実態を重視し、1993(平成5年)の法改正により、実用新案を早期権利して保護するというニーズに対応できる制度として、方式要件などの基礎的要件を判断するのみで早期に登録を行う無審査登録主義を採用することとしたのである。

4. 無審査登録主義の問題点

しかしながら、期待に反し、無審査登録主義移行後は、出願件数は更に激減し、2004年には年間7,983件までに落ち込む。2004年(平成16年)の改正で(イ)存続期間が出願日から6年から10年になり(平成5年改正以前の審査主義当時は、公告から10年)、(ロ)訂正の範囲が拡大されて(従来は請求項の削除のみ)、2005年に若干出願件数が増えたものの、その後は再び減少を続けている。実用新案権の無審査登録主義には、無審査である故の問題点があるのである。

実用新案法第29条の2には、「実用新案権者又は専用実施権者は、その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ、自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し、その権利を行使することができない」と規定されている。無審査で登録されたままの実用新案権は、確かに早期権利化できるが、そのままでは権利を行使することができないと規定されているのである。このため、権利行使できない紙切れに過ぎない実用新案権は意味がなく、実用新案登録出願の出願件数は減少を続けているのである。

【図2】

登録実用新案に係る実用新案技術評価書を得るためには、「実用新案技術評価の請求」をして、特許庁の審査官に自己の登録された実用新案権が、果たして新規性や進歩性が有るか否かの審査をしてもらう必要があるのである。特許庁の審査においては、実用新案登録出願に対する進歩性等審査基準と、特許に対する進歩性等審査基準とは同一である。したがって、特許査定されないような進歩性の低いレベルの実用新案権は、実用新案技術評価書において肯定的な見解を得ることができないことになる。

【図3】

この事情から、「この考案は特許にならない程度に進歩性が低いから実用新案登録にしよう」という消極的な考え方は、非常に危険であることが分かる。「小発明」とは進歩性(斬新性)のレベルが、特許より低いという消極的な意味ではない。「小発明」とは、発明の効果が小さいという意味であり、実用新案とは特許発明の裾野の周辺技術を指すという意味である。

5.接触プレーを避けて早くゴールに到達するために実用新案を

一方、「この考案は特許になる程度の高い進歩性があるが、製品のライフタイムが短いので、実用新案登録により早期権利化し、事業を開始して事業収益を得よう」という積極的な考え方であれば、実用新案登録出願する意味がある。当然に、特許に対する進歩性等審査基準とは同一の審査基準で判断したとしても、実用新案技術評価書において肯定的な見解を得ることができるはずである。

【図4】

西尾正左衛門は、「亀の子束子」の特許(特許第27983号)や商標(登録商標第53145号)を取得して、他社による模造品を排除しようとしたが、裁判にかかる費用が嵩むので上手くいかなったと述べている。西尾正左衛門は訴訟をせず、パッケージを改めて、このパッケージが「亀の子束子だ」と分かるようにして、お客さんの意識に刷り込むブランド戦略を採用し、100年以上たった今でも「亀の子束子」は売れている。この西尾正左衛門の採用した方向性こそ、実用新案権を活用する戦略の方向であろう。

仮に特許権を取得したとしても、訴訟という接触プレーは避けるべきである。中小企業は、費用のかさむ訴訟をしないで、如何に良い製品を市場に提供し、自社のブランド価値を高めるというゴールに早く到達することが最も重要な知的財産戦略である。「接触プレー」で倒れたとしてもPKが獲得できるとは限られない。PKが獲得できても、それで得点できるとは限られない。倒れないで前に進むことである。

「接触プレーを避ける戦略」には実用新案権は有効である。早期権利化が可能な実用新案権を取得して、素早く突き進み、市場を制覇するというゴールに到達することこそが肝要であり、特に、ライフタイムが短い製品の場合には極めて重要となる。

実用新案権は自己の権利に対する他人の実施行為を阻止するという接触プレーの観点で取得するのではなく、実用新案権という抑止力の傘の下で自己の事業を保護するという観点で取得すべきである。現在の法的環境では、実用新案法第29条の2に規定された権利行使は、中小企業は考慮すべきではない。


辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所ホームページ http://www.soh-vehe.jp

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